研究

脂肪酸を有用物に変換する画期的な人工触媒を開発化学原料のバイオマス転換で持続可能社会への貢献に期待

ポイント
  • 炭素の鎖の中の狙った位置での化学反応を実現。
  • 化学反応の位置を正確に測るものさしを持った触媒を開発。
  • 単純な分子が自然に集まって触媒ができるので低コスト。
概要

 北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院理学研究院の澤村正也教授らの研究グループは,バイオマス*1由来の化学原料である脂肪酸を原料として様々な有用有機化合物を効率よく合成する画期的な人工触媒*2を開発しました。
 複雑な構造を持つ様々な有機化合物が医薬品などの合成に利用されています。これまでこれらの有機化合物を得るには,枯渇資源である石油に由来する単純な構造の化学原料から多くの化学反応を繰り返して合成するしかありませんでした。研究グループは,このような有機化合物をバイオマス原料の脂肪酸から効率よく合成することに成功しました。脂肪酸は炭化水素基*3と呼ばれる油になじむ長い鎖状の部分(尾部)と,その鎖の端にあって水となじむカルボキシ基と呼ばれる部分(頭部)とからなるおたまじゃくし型の有機分子で,石鹸などの界面活性剤として私たちの暮らしの中で大量に利用されています。一方,脂肪酸の合成化学原料としての利用は頭部カルボキシ基の化学変換に限られ,尾部の炭化水素鎖はほとんど利用されてきませんでした。これは尾部の構成単位である炭素―水素結合が多数並んでいて,そのうちどれか一つを選んで反応させることができなかったからです。
 研究グループが開発した触媒は,炭素―水素結合を炭素―ホウ素結合に組み替える働きをする金属中心に加え,脂肪酸頭部を捕まえる捕捉部位と両者を一定の距離でつなぐ調節部位を持っているので,調節部位の長さに応じた特定の位置の炭素―水素結合のみが化学反応を起こし,炭素―ホウ素結合に変換されます。こうして生成する有機ホウ素化合物は,さらに様々な形に化学変換することができます。
 金属中心と捕捉部位を繋ぐ調節部位は,頭部から反応点までの位置を調整する「ものさし」です。ものさしの長さを変えることで脂肪酸尾部の様々な位置の炭素―水素結合を自在に変換できる可能性があります。このように石油由来の原料から光合成によって二酸化炭素から作られるバイオマスに原料転換することで,持続可能社会の実現への貢献が期待されます。
 なお,本研究成果は,2020年8月20日(木)公開のScience誌にオンライン掲載されました。

人工触媒による脂肪酸の化学変換

【背景】

 元素の簡単な組み合わせでできている化学原料から化学反応を組み合わせて多種多様な有用物質を作り出す合成化学は,これまで人類の繁栄をもたらしてきました。しかしこのような合成化学は枯渇性資源である石油などの化石燃料を贅沢に消費することで成り立っています。資源の枯渇が地球規模の課題となってきた近年,合成化学の原料を再生可能な原料であるバイオマスに転換する試みが始まっています。しかし,バイオマスから化学原料を得るためにはエネルギーを大量消費し大量の廃棄物を排出せざるを得ません。しかも,こうして得られる化学原料はかなり単純な構造の化合物であり,ここから有用化合物を合成するには多くの化学反応を繰り返し行いながら,分子構造を順番に組み立ててゆく必要があります。この点は石油化学製品からの合成化学と共通する課題です。
 澤村教授らの研究グループは,新しいバイオマス化学原料として油脂の形で動植物に豊富に含まれる脂肪酸に着目しました。脂肪酸は炭化水素基(-CH2CH2····CH2-)と呼ばれる油になじむ長い鎖状の部分(尾部)と,その鎖の末端にあって水となじむカルボキシ基(-CO2H)と呼ばれる部分(頭部)とからなるおたまじゃくし型の有機分子であり,石鹸などの界面活性剤や潤滑剤として私たちの暮らしの中で大量に利用されています。脂肪酸の種類は非常に豊富で様々な構造の脂肪酸が純粋な形で安価に入手できます。もしこのような脂肪酸を原料とし,その炭化水素鎖を目的の化合物の骨格として利用しながら自在に化学変換することができれば,炭素同士をつなぎ合わせて分子を組み立てるための化学反応の繰り返しが不要な分,非常に効率の高い合成法になると期待されるのです。しかし脂肪酸の合成化学原料としての利用はこれまで頭部カルボキシ基を化学変換するものに限られ,尾部の炭化水素鎖はほとんど利用されてきませんでした。これは尾部の構成単位である炭素―水素結合(以下C–H結合とする)が化学的に非常に安定で,しかも同じ性質の化学結合が多数並んで存在するため,そのうちどれか一つを選んで反応させることができなかったからです。
 脂肪酸尾部の炭化水素基の構造をさらに詳しく見ると,一つの炭素原子上にC–H結合が二つあるのがわかります。どちらのC–H結合も頭部からの距離は同じですが,それぞれの水素原子がホウ素化物に置き換わって生成する化合物は,右手と左手のように互いが鏡に映し出される関係になり,立体的に重ね合わせることができません(図1)。このように鏡像が自分自身に重なり合わない化合物をキラル化合物と呼びます。これらキラル化合物の鏡像型を区別して望みの型の化合物を純粋に製造する技術は不斉合成やキラルテクノロジーなどと呼ばれ,医薬や光電子材料の分野でとても重要です。今回開発した人工触媒は,鏡像型を区別する能力も備えているため、脂肪酸を原料にしたキラル化合物の不斉合成にも応用できます。

図1 同一炭素原子上の2つの水素原子を区別してホウ素化物に変換する不斉合成のイメージ

【研究手法】

 研究グループの新型触媒は,C–H結合を炭素―ホウ素(C–B)結合に組み替える機能を果たすイリジウム原子を核とする触媒活性中心,脂肪酸頭部を捕まえる捕捉部位,両者を一定の距離でつなぐ調節部位,さらに触媒全体をキラルな環境にするキラル誘起部位を持っています(図2)。今回開発した触媒は脂肪酸の頭部がアミドやエステルという形になった脂肪酸エステルやアミドを実際の反応物とします。捕捉部位が反応物の頭部を捕まえた状態で金属中心による尾部の化学反応を起こすので,調節部位がものさしの役割を果たし,その長さに応じた特定の位置のC–H結合のみが化学反応を起こしてC–B結合に変換されます。今回開発した触媒は脂肪酸の頭部から4番目の炭素原子上のC–H結合を反応させるものさしを持っています。さらに触媒に付与されたキラル誘起部位の効果により,同じ炭素原子上の2つのC–H結合のうち一方が優先的に反応し,二つの鏡像体のうちの一方を生成します(不斉合成のイメージ図1参照)。こうして生成するキラル有機ホウ素化合物を起点として様々な有用化合物を合成することができます。
 触媒の構成成分は一個のイリジウム原子,ものさしを付けた捕捉部位,そしてキラル誘起部位となるリン化合物の3つです。これら単純な成分がフラスコの中で自然に集まって触媒ができるので,あらかじめ大きなサイズの触媒を化学合成する必要がなく触媒作成のコストを低く抑えられるのも本研究成果のポイントです(図2参照)。

図2 触媒の構造と化学反応メカニズムのイメージ

【研究成果】

 食品廃棄物に大量に含まれるカプロン酸のアミド型を反応物とする場合の反応式を図3に示します。3つの触媒成分をフラスコに入れ,反応物の脂肪酸エステルまたはアミドとホウ素化試薬を加え,ここに有機溶媒を加えて全体を溶かすと黄色の溶液になり,この段階で触媒が生成しています(反応物に対し2~3%モル量)。この溶液を室温でしばらくかき混ぜると,脂肪酸反応物の化学反応が徐々に進み,2日ほどで転化率がほぼ100%に達します。触媒の構造は化学反応の前後で変化しないので,反応溶液の色は黄色のままですが,反応液から化合物を分離してその構造を調べると,脂肪酸頭部から4番目の炭素上のC–H結合のうち一つがC–B結合に置き換わったことがわかります。しかも鏡像関係にある二つの鏡像型のうちの一方のみが生成します。カプロン酸アミド以外にも図4に示すようにいろいろな種類の脂肪酸エステルやアミドを反応物として用いることができます。

図3 カプロン酸アミドのC–H結合ホウ素化反応の化学反応式

図4 その他の脂肪酸アミド,エステルの例

 化学反応における分子の動きを実際に目で見ることはできません。そこで,化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)が開発した世界最先端の化学反応シミュレーション法を使うことで,3つの成分が集まって触媒が生成し,反応物とホウ素化試薬を捕まえて化学反応する様子を視覚化しました(図4)。触媒のポケットの中に,黄色で示した脂肪酸反応物が取り込まれて,4番目の炭素―水素結合の一つがイリジウム原子と反応する様子がよくわかります。このシミュレーション法は研究初期段階での触媒設計でも活用されました。

図5 化学反応のコンピュータシミュレーション

【今後への期待】

 脂肪酸の化学利用による化学原料のバイオマス転換で持続可能社会の実現に貢献するためには,触媒に組み込むものさしの長さや形,反応試薬の種類,金属元素を変える研究を進め,脂肪酸の化学反応のバリエーションを拡張することが必要です。知識と経験の積み重ねに基づく実験化学者のインスピレーションを近年目覚しく発展するコンピュータ化学が支援することで,このようなチャレンジが遠からず実を結ぶものと期待しています。

研究概要(研究室より提供)

論文情報

論文名 Asymmetric remote C–H borylation of aliphatic carboxylic acid derivatives with
    modular iridium catalyst(モジュール型イリジウム触媒による脂肪酸誘導体の遠隔C–H
    不斉ホウ素化反応)
著者名 レイズ・ロナルド1,2,佐藤美優2,岩井智弘2,鈴木机倫1,2,前田 理1,2,澤村正也1,2
    (1北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),2北海道大学大学院理
     学研究院)
雑誌名 Science
DOI 10.1126/science.abc8320
公表日 2020年8月20日(木)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院理学研究院 
 教授 澤村正也(さわむらまさや)
 TEL 011-706-3434 FAX  011-706-3749   メール sawamura[@]sci.hokudai.ac.jp
 URL https://wwwchem.sci.hokudai.ac.jp/~orgmet/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
 TEL 011-706-2610    FAX 011-706-2092
 メール kouhou[at]jimu.hokudai.ac.jp

【用語解説】

*1 バイオマス … 生物由来の有機系資源のうち石油など枯渇性資源を除いたもののこと。
*2 触媒 … 化学反応を加速して進みやすくするがそれ自身は反応の前後で変化しないもののこと。
*3 炭化水素基 … 炭素原子と水素原子から構成される有機化合物の部分構造のこと。炭素原子がつながっ
                        てできる鎖を形成し,それぞれの炭素原子に0~3個の水素原子が結合し,化学的に安定
                        な状態となっていることが多い。