研究

PM2.5から光化学スモッグ原因物質が発生するメカニズムを解明先端レーザー光源による大気汚染物質の循環過程解明への貢献

ポイント
  • 大気汚染物質PM2.5構成分子であるo-ニトロフェノールの光分解過程を初めて実時間観測。
  • 研究チームが開発した独自の極端紫外フェムト秒光パルス光源の高い実用性を示す。
  • o-ニトロフェノールの光分解メカニズムを量子化学計算に基づき同定。
概要

 北海道大学大学院工学研究院の関川太郎准教授,同大学院理学研究院・同大学創成研究機構化学 反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の武次徹也教授及びコペンハーゲン大学理学部(デンマーク)のOliver Schalk博士らの国際研究チームは,大気汚染物質PM2.5を構成する分子の一つであるo-ニトロフェノールへの光照射により亜硝酸が生成される過程を,極端紫外フェムト*1秒光パルス*2光源を用いて,光照射直後から亜硝酸が解離(生成)するまでをリアルタイムで観測し,約400フェムト秒後から解離し始めることを明らかにしました。
 亜硝酸は大気中における光化学スモッグを引き起こす光化学オキシダント生成の原因物質の一つと考えられており,亜硝酸の由来に関心が持たれています。一方,ニトロフェノール類は化石燃料の燃焼により大気中に放出され,PM2.5などの大気中微粒子として存在します。本研究により,o-ニトロフェノールに太陽光が照射されることが亜硝酸生成の直接要因の一つであることが明らかになりました(図1)。
 亜硝酸生成の観測は,研究チームが開発した独自の極端紫外フェムト秒光パルス光源により初めて可能となり,同光源の高い実用性を示しています。また,o-ニトロフェノールから亜硝酸が生成される光分解メカニズムは,高精度の量子化学計算と測定結果を比較することで同定しました。
 なお,本研究成果は,2021年1月4日(月)公開のJournal of Physical Chemistry Letters誌に掲載されました。

ニトロフェノールから解離した亜硝酸と光化学スモッグの関係。大気中では太陽光で解離が起きる。

【背景】

 石炭などの化石燃料の燃焼や森林火災は,ニトロフェノール類を含む揮発性有機化合物(VOC)を発生させ,VOCはエアロゾル粒子と呼ばれる微粒子として大気中に存在します。最近,よく知られるようになったPM2.5は,直径2.5μm以下の微粒子のことを指します。一方,大気中の亜硝酸は光化学スモッグの原因である光化学オキシダント生成に寄与しており,その由来はニトロフェノール類の太陽光による光分解が有力視されていますが,その光分解過程は観測されたことはありませんでした。そこで研究グループは,極端紫外フェムト秒光パルス光源を用いてその過程の観測に挑戦 しました。

【研究手法】

 ポンプ光により化学反応を開始し,遅延時間をつけたプローブ光で変化を観測するポンプ・プローブ法により,化学反応の進行を捉えました。亜硝酸を検出するには波長が短いプローブ光が必要なため,これまで観測することは困難でした。研究グループは,高次高調波発生*3を利用して独自に開発した極端紫外フェムト秒光パルス光源を光電子分光*4に適用しました(図1)。

【研究成果】

 研究グループは以上の方法を用いた結果,亜硝酸のリアルタイム観測に初めて成功しました。測定した光電子スペクトルを高精度の量子化学計算と比較することで,分子の状態を決定しました。光励起後,光電子スペクトルは時々刻々と変化します。亜硝酸を示す信号は,光励起後374フェムト秒後から現れ,時定数433フェムト秒で徐々に強くなることがわかりました(図2)。すなわち,374フェムト秒後から解離が始まります。
 これまでの研究では光照射直後の状態のみが観測され,亜硝酸の生成過程については推測するしかありませんでした。本研究により,亜硝酸の生成に至るまでにいくつかの状態を経由することが解明され,このような化学反応の進行には,光照射により分子の形状が歪むことが重要だと考えられます(図3)。さらに,o-ニトロフェノールへ太陽光が照射されることが亜硝酸生成の直接要因の一つで あることも明らかになりました。

【今後への期待】

 極端紫外光を用いた光電子分光法は,化学反応の計測法として幅広い応用が期待されます。例えば,コロナウイルスは紫外線により不活性化されるとされており,化学反応の視点では,恐らく化学結合の切断が起きていると考えられます。本研究で実証したように,極端紫外光はそのような変化を敏感に捉えるため,コロナウイルスが不活性化される機構解明への貢献にも期待しています。

【謝辞】

 本研究は,主にJST戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「新たな光機能や光物性の発現・  利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術(研究総括:北山研一)」の研究課題「アト秒反応ダイナミクスコントローラーの創生(研究代表者:石川顕一)」による助成を受けて行われました。 また,一部,文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118068681,科学研究費基盤研究B(19H01814)からの助成も受けました。

論文情報

論文名 Real-Time Probing of an Atmospheric Photochemical Reaction by Ultrafast
    Extreme Ultraviolet Pulses: Nitrous Acid Release from o-Nitrophenol(極端紫外超
    短パルスを用いた大気中の化学反応のリアルタイム観測:o―ニトロフェノールからの亜
    硝酸の解離)
著者名 新田優輝1,Oliver Schalk2,五十嵐裕紀1,和田 諒,堤 拓朗,斉田謙一郎
    武次徹也4,5,関川太郎1北海道大学大学院工学研究院,2コペンハーゲン大学理学
    部,3
北海道大学大学院総合化学院,北海道大学大学院理学研究院,5北海道大学創成研
    究機構化学反応創成研究拠点)
雑誌名 Journal of Physical Chemistry Letters
DOI 10.1021/acs.jpclett.0c03297
公表日 2021年1月4日(月)

お問い合わせ先

北海道大学大学院工学研究院 関川太郎 准教授(せきかわたろう)
 TEL 011-706-6706    メール sekikawa[at]eng.hokudai.ac.jp
 URL https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/sekikawa/

配信元

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【用語解説】

*1 フェムト … 1000兆分の1を意味し, 1フェムト秒は1000兆分の1秒となる。
*2 極端紫外フェムト秒光パルス … 波長が約10~100 nmの光を極端紫外光と呼び,その時間幅がフェムト秒単位の光パルスのこと。
*3 高次高調波発生 … 高強度レーザーと気体の相互作用により波長の短い光が発生する現象のこと。
*4光電子分光 … 入射する光子エネルギーと出射される光電子エネルギーから分子のイオン化エネルギーを測定すること。この現象の説明でアインシュタインはノーベル賞を受賞した。

【参考図】

図1.極端紫外フェムト秒光パルス光源と光電子分光装置

図2.a)光電子スペクトル,b)そこからのスペクトル変化。イオン化エネルギー(横軸)10~11eV付近で遅延時間(縦軸)0.5ピコ秒(1ピコ秒= 1000 フェムト秒)以降(緑色枠線内),信号が強くなり,これは亜硝酸の生成を示す。

図3.o-ニトロフェノール(o-NP)への光照射により(真上への遷移),構造を変化させながら亜硝酸(HONO)が生成される過程(右下方向)。光の吸収により,平面だった分子が歪み,時間とともにHONOが外れる。