研究

溶けない化合物でも使えるクロスカップリング反応の開発有機合成化学における「低溶解性による合成の限界」解決に期待

ポイント        
  • 有機溶媒への溶解性が低く扱えなかった不溶性化合物の鈴木-宮浦クロスカップリング反応に成功。
  • 高温ボールミルを用いてカップリング反応を実施することで,高い反応効率を実現。
  • 従来の溶液有機合成では合成できない新しい有機発光材料,有機電子材料や医薬品の開発に期待。

概要

 北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),同大学院工学研究院の伊藤 肇教授,久保田浩司准教授らの研究グループは、三菱ケミカル株式会社と共同で,有機溶媒への溶解性が極めて低い不溶性ハロゲン化物に対する鈴木-宮浦クロスカップリング反応*1を開発しました。
 従来の有機合成反応は,有機溶媒を用いて溶液状態で行うことが一般的です。しかし,有機溶媒に溶けにくい反応基質(反応の元となる物質)の場合は,反応の実施そのものが困難となる場合が多くあります。この「低溶解性による合成の限界」は,現代の有機合成化学のボトルネックであり,合成することのできる有機化合物が大幅に制限されているといえます。
 本研究では,高温ボールミルを用いた合成手法により,有機溶媒への溶解性が極めて低く今まで反応基質として扱えなかった不溶性芳香族ハロゲン化物に対する鈴木-宮浦クロスカップリング反応に成功しました。これにより,従来の溶液状態で行う有機合成では合成することのできなかった新しい化学製品,医薬品,有機発光材料,有機電子材料などの開発が期待されます。
 本研究成果は,2021年3月31日(水)公開のJournal of the American Chemical Society 誌(米国化学会誌)に掲載されました。
 なお,本研究は,科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「レドックスメカノケミストリーによる固体有機合成化学(JPMJCR19R1)」,文部科学省科学研究費補助金「基盤研究A」(18H03907),「新学術領域研究 (ソフトクリスタル)」(17H06370),「若手研究」(19K15547),「新学術領域研究 (ハイブリッド触媒)」(20H04795),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで行われたものです。

不溶性芳香族ハロゲン化物に対する鈴木-宮浦クロスカップリング反応に成功

 【背景】

 現代社会の豊かで便利な生活は,有機合成化学によって得られる多様な有機化合物によって支えられています。膨大な数の有用な有機合成反応がこれまで開発されてきましたが,それらのほとんどは有機溶媒を用いて溶液状態で行われています(図1左)。しかしながら,出発原料が有機溶媒に溶けない場合,基本的に化学反応を実施することは困難です(図1右)。この「低溶解性による合成の限界」は,現代の有機合成化学のボトルネックであり,人類が手にすることのできる化合物が大幅に制限されていると言っても過言ではありません。このような背景のもと,溶媒を用いずにボールミル*2によって合成反応を実施する試み(メカノケミカル合成)が注目を集めています(図2)。この方法は様々な固体反応に応用されてきましたが,難溶性の反応基質を用いた場合,しばしば反応効率が悪く,上述の「溶解性問題」を克服する具体的なアプローチとは見なされていませんでした。特に,反応温度を制御しながら固体反応を行う術がなく,反応速度を向上させる実用的な方法がない点が課題でした。

図1.従来の有機合成は溶液状態で行うため,基本的に溶けない化合物は反応させることができない
(低溶解性による合成の限界)。

図2.注目を集める,溶媒を用いずにボールミルによって合成反応を実施する試み
(メカノケミカル合成)。

【研究手法】

 不溶性の芳香族ハロゲン化物を反応基質として用いた鈴木-宮浦クロスカップリング反応の実現を目指し,ヒートガンで加熱しながらボールミルを行う高温ボールミルという合成手法を確立しました(図3)。固体反応には,Retsch社製ボールミル,MM400を使用しました。

図3.本研究ではヒートガンで加熱しながらボールミルを行う高温ボールミルを確立し,不溶性化合物の固体クロスカップリング反応に成功。

【研究成果】

 研究グループは,高温ボールミルにより固体鈴木-宮浦クロスカップリング反応が劇的に加速することを見出しました(図4)。本反応を,極めて溶解性が低く従来の方法では扱えなかった不溶性の顔料や色素に適用したところ,いずれも目的のカップリング生成物を与えました(図5)。特に,Pigment violet 23に対して固体クロスカップリング反応により,強い赤色発光を示す新しい化合物の合成にも成功しました。

図4.高温ボールミルによって固体カップリング反応が劇的に加速。

図5.高温ボールミルを用いることで,不溶性ハロゲン化物の固体クロスカップリング反応が進行。

【今後への期待】

本成果により,従来の溶液系の有機合成手法では合成することのできなかった,不溶性化合物を出発物にした新しい化学製品,医薬品や機能性有機材料を開発できるようになることが期待されます

論文情報
論文名 Tackling Solubility Issues in Organic Synthesis: Solid-State Cross-Coupling of Insoluble Aryl Halides(有機合成における溶解性問題の解決に向けて:不溶性ハロゲン化アリールの固体クロスカップリング反応)
著者名 瀬尾珠恵1,豊島直喜1,久保田浩司2,3,伊藤 肇2,31北海道大学大学院総合化学院,2北海道大学大学院工学研究院,3北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD))
雑誌名 Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)
DOI 10.1021/jacs.1c00906
公表日 2021年3月31日(水)(オンライン公開)

お問い合わせ先
北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院工学研究院
教授 伊藤 肇(いとうはじめ)・准教授 久保田浩司(くぼたこうじ)
TEL 011-706-6561(伊藤)/ 011-706-6563(久保田)(いずれもFAX兼用)
メール hajito@eng.hokudai.ac.jp(伊藤)/ kbt@eng.hokudai.ac.jp(久保田)
URL http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/organoelement/
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【用語解説】

*1 鈴木-宮浦クロスカップリング反応 … パラジウム触媒を用いて,芳香族ハロゲン化物と芳香族ボロン酸をカップリングさせる反応。開発者である鈴木 章 北海道大学名誉教授は2010年のノーベル化学賞を受賞した。

*2 ボールミル … 粉砕機の一種で,セラミックなどの硬質のボールと材料の粉を円筒形の容器に入れて回転させることによって,材料をすりつぶして微細な粉末を作る装置。