研究

乳癌におけるレチノイド耐性のメカニズムを解明

ポイント

・乳癌細胞が、抗癌剤として期待されるレチノイドへの耐性を獲得する際に、ERKというタンパク質が重要な働きをすることを示した。
・乳癌細胞において、ERKの活性化はレチノイドの受容体の活性化を抑制し、細胞のレチノイド耐性
を増強した。
・ERK活性を低下させる薬剤の投与は、レチノイドの受容体の活性化を促進し、レチノイドの腫瘍抑制効果を増強した。
・乳癌患者では、特定のサブタイプ(トリプルネガティブやHER2型)の乳癌でERKによるレチノイド耐性化機構が働くこと、この変化が患者の予後不良と関連することを示した。

研究内容

レチノイドは活性型ビタミンAやその誘導体の総称で、受容体であるレチノイン酸受容体(RAR)に結合し、多数の遺伝子の発現を制御することで、様々な生理的機能を発揮します。特に、多くの癌細胞においてレチノイドの投与は細胞増殖の停止や細胞死を誘導することから、腫瘍抑制的な作用を持つと考えられています。そのため、抗癌剤の有望な候補として、数多くの臨床試験が行われてきました。しかしながら、これらの試験の結果は必ずしも芳しくなく、その理由として癌細胞がレチノイドへの耐性を獲得することが報告されています。

本研究では、癌細胞で高頻度に活性化しているERKと呼ばれるタンパク質が、乳癌細胞にレチノイドへの耐性を賦与することを明らかにしました。ERKは細胞増殖の促進に中心的な役割を果たすタンパク質で、癌細胞ではRAS遺伝子やRAF遺伝子の変異によって恒常的に活性化することが知られています。乳癌細胞において人為的にERK活性を増強したところ、レチノイドによるRARの活性化が抑制され、乳癌細胞のレチノイドへの耐性が亢進しました。一方、もともとERK活性が高くレチノイド耐性を持つ乳癌細胞では、ERK活性を下げる薬剤の投与により、レチノイドによるRARの活性化が促進され、レチノイドの腫瘍抑制作用が増強されることが分かりました。また、実際のヒト乳癌患者の遺伝子発現データの解析から、特定のサブタイプの乳癌(トリプルネガティブやHER2型)において、ERKがRAR活性を高頻度に抑制していること、この変化が患者の予後と負に相関することを示しました。

さらに本研究では、合成ハイドロゲルを用いた独自の癌幹細胞誘導技術を用いて、乳癌幹細胞でもERK活性の阻害がレチノイドの作用を増強することが示されており、将来的にレチノイドとERK活性阻害薬の同時投与が乳癌に対する新たな治療戦略となることが期待されます。

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