ポイント
- インクジェットプリンターを活用することで、A4シート1枚あたり最大260枚の混合比画像データを迅速かつ簡便に取得可能。
- 色素材料に加えて、無色有機化合物、環サイズの異なるマクロサイクル、シス/トランス異性体、オルト/メタ/パラ位置異性体など多様な化学種に対する混合比予測に成功。
- 以前に開発されたポリケトン骨格を基盤とする金属イオンセンサーを用いることで、μgスケールのZn2+検出および定量的な分布マッピングにも応用可能。
概要
北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の猪熊泰英教授、瀧川一学特任教授、井手雄紀特任助教、東京大学生産技術研究所の南豪准教授らの研究グループは、インクジェットプリンターを活用して化学混合物を印刷・スキャンし、その画像を用いた機械学習(image-based ML)により、混合比や微量金属イオン量を迅速かつ高精度に予測する手法を開発しました。
これまでに開発された画像機械学習システムによる化学混合物の組成比予測は、非破壊・非接触という利点を持ちながらも、モデル構築に必要なトレーニング画像の取得に大量の試料と多大な時間を要する点が大きな課題となっていました。そのため、効率的なデータ拡張が困難であり、画像機械学習の化学研究への実装を妨げる要因の一つとなっていました。本研究では、サンプル量および作業時間の大幅な負担軽減を目的として、インクジェットプリンターを活用し、化学混合物の印刷とスキャンを組み合わせた画像データ収集手法を開発しました。この画像を用いることで、混合比や微量金属イオン量を迅速かつ高精度に予測するシステムを構築しました。
A4サイズのシート上に最大260条件を任意に設定してインクジェット印刷し、スキャンを行うことで、約1時間以内に画像データセットの取得が可能となりました。これにより、モデル構築のボトルネックであったトレーニング画像の収集工程を大幅に効率化することに成功しました。
本システムでは、色素材料に加えて、無色の有機化合物(サリチル酸とアセチルサリチル酸)、シス/トランス異性体(フマル酸とマレイン酸)、オルト/メタ/パラ位置異性体(アミノフェノール)、さらには環サイズの異なる環状化合物(α-/γ-デキストリン)といった、視覚的に判別が困難な化学種に対しても、混合比の予測において平均絶対誤差(MAE)3~8%という高い精度を実現しました。
以前に当グループにて開発されたポリケトン骨格を基盤とする金属イオンセンサー分子を用いた場合において、μgスケールでのZn2+検出にも成功しました。加えて、センサー分子をあらかじめ印刷したシートにZn2+溶液をスプレー噴射・乾固させた際には、可視応答が極めて微弱な条件であるにもかかわらず、画像機械学習を用いることで定量的な分布マッピングが可能であることを実証しました。分光装置などの高価かつ専門的な装置を使用することなく、金属イオン量の評価を実現できた点は特筆すべき成果です。
本研究で開発された画像機械学習システムは、特別な装置や複雑な前処理を必要とせず、インクジェット印刷とスキャンという簡便な操作だけで多様な化学情報を定量的に取得・解析できる汎用的な手法となっています。材料分析、反応モニタリング、品質評価など幅広い化学分野への応用が期待され、誰もが簡単に扱える高精度・低コストな次世代の分析技術としての展開が大いに期待されます。
本研究成果は2025年7月12日(火)、Organic Letters誌にオンライン掲載されています。
論文情報
Taichi Sano, Yuki Terauchi, Yuki Ide, Ichigaku Takigawa, Tsuyoshi Minami, Yasuhide Inokuma, Org. Lett., 2025, 27, in press.
DOI: 10.1021/acs.orglett.5c02270