研究

新しい有機反応の開発

概略

有機分子は炭素、水素、窒素、酸素を中心とした原子から構成される分子性の物質です。これらは非常に小さいため(< 1ナノメートル)、構造をコントロールすることは簡単でありません。有機分子は反応溶液の中でランダムに衝突し、衝突した分子同士で結合の組み変わり(化学反応)が起こりますが、分子の構造や反応条件でそのパターンはまったく違ったものになります。そこで、過去100年の歴史の中で、有機化学者はこの組み変わり「化学反応」のパターンについて膨大な経験を蓄積し、これまでに様々な経験的ガイドラインを発見してきました。例えば1990年台までは有機分子と金属原子を組み合わせた有機金属化学が非常に有力なツールでしたが、2000年代に入り有機分子のみによる有機触媒の概念が登場、さらに2010年代からは光による電子の移動を利用したフォトレドックス反応が新しい反応開発分野のスターとして華々しい成果を挙げています。しかしこのような経験の蓄積の全くない新しい反応を開発することは容易ではなく、依然として化学者の経験をベースとした、長期に渡る試行錯誤が必要とされています。

ICReDDでの取り組み

ICReDDにおける新しい反応開発の鍵の一つは、コンピューターを用いた計算化学の活用です。計算化学の発達は、反応機構の詳細な解析と新しい反応のデザインを可能にしました。我々は、計算化学と実験的検証の繰り返しにより、緻密に構造が制御された遷移金属触媒の合理的開発に成功しています1。さらにICReDDでは、AFIR法という新しい計算手法を開発しています。この方法は化学反応の重要ステップである遷移状態を全て見つけ出し、可能な反応をあらかじめ予測できます。その予測を活用すると反応開発が高速で行なえます2。また、全く新しい反応の場として、溶媒を用いないメカノケミカル合成・メカノレドックス合成の開発も行っています3。将来的には、機械学習との組み合わせにより、反応開発の効率が大幅に向上できると考えています。

引用文献
  1. Iwamoto, H.; Imamoto, T.; Ito, H. Nature Commun. 2018, 9, 2290.
  2. (a) Mita, T.; Harabuchi, Y.; Maeda, S. Chem. Sci.  2020, 11, 7569. (b) Hayashi, H.; Takano, H.; Katsuyama, H.; Harabuchi, Y.; Maeda, S.; Mita, T. Chem. Eur. J.  2021, 27, 10040.
  3. (a) Kubota, K.; Seo, T.; Koide, K.; Hasegawa, Y.; Ito, H. Nature Commun. 2019, 10, 111. (b) Kubota, K.; Pang, Y.; Miura, A.; Ito, H. Science 2019366, 1500. (c) Takahashi, R.; Hu, A.; Gao, P.; Gao, Y.; Pang, Y.; Seo, T.; Maeda, S.; Jiang, J.; Takaya, H.; Kubota, K.; Ito, H. Nature Commun.  2021, 12, 6691.