研究

圧電材料を利用した新しい有機合成手法の開発機械的な力を駆動力とする新しい環境調和型有機合成反応の開拓へ

ポイント
・圧電材料から発生する電気を利用した新しい有機合成手法の開発に成功。
・機械的インパクトを駆動源とする新しい化学反応の開発に今後期待。
・有機溶媒由来の廃棄物や毒性,安全性を懸念する必要がなく,化学工業への展開に期待。

概要

 北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),同大学院工学研究院の伊藤 肇教授,久保田浩司特任助教らの研究グループは,圧電材料*1を利用した新しい有機合成手法を開発しました。
 圧電材料は,機械的な圧力や衝撃を受けると,その表面に電気(この場合,ピエゾ電気と呼ぶ)が瞬間的に発生します。この現象は家庭用ガスコンロ,ライターをはじめ,通信機用フィルタやアクチュエータなどに幅広く応用されています。しかし,この圧電効果を有機合成反応に応用した例はほとんど知られていませんでした。
 本研究では,圧電材料と有機化合物の混合物を,ボールミル*2という粉砕機を用いて機械的な刺激を与えることで,圧電材料からのピエゾ電気によって化学反応が促進されることを見出しました。この反応は,廃棄物,コスト,毒性や安全性が懸念される有機溶媒を必要としない上,空気中で簡便に実施することができます。今後,安全で利便性の高い環境調和型有機合成手法として,化学製品,医薬品,機能性有機材料などの工業的製造への展開が期待されます。
 なお,本研究成果は,日本時間2019年12月20日(金)午前4時(米国東部時間2019年12月19日(木)午後2時)公開のScience誌にオンライン掲載される予定です。
 また,本研究は文部科学省科学研究費補助金「基盤研究A」(18H03907),「新学術領域研究(ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能)」(17H06370),「若手研究」(19K15547),国立研究開発法人科学技術振興機構JST-CREST「革新的反応」(JPMJCR19R1)及び文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで行われたものです。

ボールミルと圧電材料を用いた有機合成反応の開発。ボールミルを用いた化学反応に圧電材料であるチタン酸バリウムを共存させることで,ピエゾ電気を利用する新しい有機合成反応を開発した。
 発生したピエゾ電気によりアリールジアゾニウム塩と呼ばれる有機分子が活性化され,対応するラジカルが生成し,目的の化学反応が進行する。

【背景】

 圧電材料は,機械的な圧力やひずみを与えられると,その表面に瞬間的に電気(この場合,特にピエゾ電気と呼ぶ)が発生します(図1)。この古くから知られている圧電現象は,身近な日常生活の中で,また医療や自動車から工業分野に至るまで極めて多様な分野にわたって使用されています。例えば,台所で使われるガスコンロには,圧電材料に圧力をかけることにより電気を発生させ,電気の火花を飛ばして着火させるものがあり,同様にライターにもこのような仕組みを利用したものがあります。
 このように幅広い応用が知られている圧電材料ですが,それらを有機合成反応に応用した例はほとんどありませんでした。圧電材料を利用することで,機械的な力を駆動力とする新しい化学反応が実現できます。

【研究手法】

 研究グループは,ボールミルという粉砕機(図2)を用いた化学反応に圧電材料を共存させることで,ピエゾ電気を利用する新しい有機合成反応を開発しました。この反応には,圧電材料としてバリウムチタン酸,ボールミルにはRetsch社製MM400を使用しました。また,より簡単な方法として,圧電材料と有機化合物の混合物をビニール袋に入れ,かなづちで叩くことでも反応が促進されることがわかりました。

【研究成果】

 研究グループは,アリールジアゾニウム塩という有機化合物が圧電材料から発生するピエゾ電気により活性化され,対応するラジカル*3が発生することを見出しました(上図)。これを利用することで機械的な力を駆動力とする新しいカップリング反応*4やホウ素化反応*5を開発しました(図3)。
 本反応は廃棄物,コスト,毒性や安全性が懸念される有機溶媒を必要としない上,空気中で簡便に実施することができます。また,本反応は幅広い基質に適用することができ,短時間で効率よく反応が進行します。今後,安全で利便性の高い環境調和型有機合成手法として,化学製品,医薬品,機能性有機材料などの工業的製造への展開が期待されます。

【今後への期待】

 従来,化学反応を促進するために熱や光が利用されてきましたが,本成果により機械的な力を化学反応に利用できるようになり,まったく未知の化学反応の実現が期待されます。
 また,本反応は有害な有機溶媒を用いずに実施できるため,化学製品,医薬品や機能性材料をより環境負荷を抑えた形で生産できるようになることが期待されます。さらに,溶媒の乾燥・脱水によるコストがかからないことから,生産プロセスのコストダウンも期待されます。
 今後は,計算科学や機械学習などを用いて性能の向上を目指します。

論文情報

論文名 Redox Reactions of Small Organic Molecules Using Ball Milling and Piezoelectric
    Materials(ボールミルと圧電材料を用いた有機小分子の酸化還元反応)
著者名 久保田浩司1,2, パン ヤ―ドン3,三浦 章2,伊藤 肇1,2

   (1北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),
    2北海道大学大学院工学研究院,3北海道大学大学院総合化学院)
雑誌名 Science
DOI 10.1126/science.aay8224
公表日 日本時間2019年12月20日(金)午前4時(米国東部時間2019年12月19日(木)午後2時
   (オンライン公開)

お問い合わせ先

 北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院工学研究院
 教授 伊藤 肇(いとうはじめ)・特任助教 久保田浩司(くぼたこうじ)
  TEL 011-706-6561(伊藤) 011-706-9654(久保田)(いずれもFAX兼用)
  メール hajito[at]eng.hokudai.ac.jp(伊藤) kbt[at]eng.hokudai.ac.jp(久保田)
  URL https://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/organoelement/

配信元

  北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
  TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メールkouhou[at]jimu.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1. 圧電材料(左)・圧電材料を利用した製品(右)。圧電材料は,機械的な圧力や衝撃を受けると,その表面に瞬間的に電気が発生する。古くから知られているこの現象は,ライターやマイクをはじめ,身の回りの数多くの製品に利用されている。しかし,化学合成(有機合成)への応用はほとんど例がなかった。

    

図2. ボールミルと,かなづちを用いた反応。ボールミルとは粉砕機の一種であり,硬質のボールが   円筒形の容器の中を左右に動くことで材料をすりつぶすことができる。本研究では,ボールミルと圧電材料を用いて,機械的な力を駆動力とする新しい有機合成反応を開発した。

  

図3. カップリング反応とホウ素化反応への応用。ボールミルと圧電材料を利用することで,機械的な力を駆動力とするカップリング反応及びホウ素化反応を開発した。この方法は,廃棄物,コスト,毒性や安全性が懸念される有機溶媒を必要としない上,空気中で簡便に実施することが可能。
今後,安全で利便性の高い環境調和型有機合成手法としての発展が期待される。

【用語解説】

*1 圧電材料 … 機械的ひずみを与えたとき電圧を発生,あるいは,逆に電圧を加えると機械的ひずみを発
  生する性質を示す物質。振動子,発火素子,音響素子,情報用素子など幅広い応用がある。

*2 ボールミル … 粉砕機の一種。セラミックなどの硬質のボールと材料の粉を円筒形の容器に入れて振動
  あるいは回転させることによって,材料をすりつぶして微細な粉末を作る装置。

*3 ラジカル … 不対電子をもつ分子。非常に反応性が高く化学反応の中間体としてよく利用される。

*4 カップリング反応 … 二つの分子を結合させる化学反応のこと。

*5 ホウ素化反応 … 炭素とホウ素を結合させ,有機ホウ素化合物を合成する反応。