研究

有機半導体の逆項間交差を理論予測有機EL材料の開発加速へ

本プレスリリースは、科学技術振興機構(JST)、理化学研究所との共同プレスリリースです。

ポイント
  • 有機ELデバイスの発光効率を向上させる次世代の有機半導体として、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料が注目されている。
  • TADF材料の逆項間交差の速度定数を計算機で予測する方法を開発。これを用いて新たな分子構造を設計し、速い逆項間交差を示す材料の合成に成功した。
  • 理論先導型の手法として、高性能な有機ELデバイス開発への貢献が期待できる。

 JST 戦略的創造研究推進事業において、理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発超分子材料研究チームの相澤 直矢 研究員(JST さきがけ研究者)と夫 勇進 チームリーダー、北海道大学 大学院理学研究院 化学部門の原渕 祐 助教(世界トップレベル研究拠点プログラム 北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD) 協力研究者、研究当時 JST さきがけ研究者)と前田 理 教授(WPI-ICReDD 拠点長、JST ERATO 前田化学反応創成知能プロジェクト 研究総括)の共同研究グループは、有機EL注1)ディスプレイなどに用いられる有機半導体の発光効率に関わる逆項間交差注2)の速度定数をコンピューターによる量子化学計算で予測する方法を開発しました。この予測法に基づき設計した有機半導体は、実際に10毎秒以上の高い逆項間交差速度定数を示しました。有機EL材料の開発を加速する理論先導型の手法として期待されます。
 本研究成果は2020年8月6日(英国夏時間)に国際科学誌「Nature
Communications」でオンライン公開されました。

研究の背景と経緯

 スマートフォンやテレビのディスプレイに使われている有機ELデバイスの材料となる有機半導体は、安価、軽量、印刷可能、希少金属が不要といった利点があり、世界中の研究者が優れた材料を求めて、開発に日夜しのぎを削っています。材料開発のさらなる加速に向けて、理論計算化学が先導する新材料の発見に期待が高まっています。
 次世代の有機EL材料として注目されている熱活性化遅延蛍光(TADF)材料は、通常は発光できない三重項励起状態から発光可能な一重項励起状態への遷移である逆項間交差により、デバイスの発光効率を高めることができます。しかし、この逆項間交差が遅い場合、デバイスの劣化や高輝度時の発光効率の低下につながるため、より速い逆項間交差を示すTADF材料の開発が、実用化に向けた課題の1つです。
 従来、逆項間交差の理論計算は、材料の電子状態を単純な調和振動子注3)として仮定するマーカス理論注4)に基づいており、既存材料の実験値を再現することが困難でした。そのため、新材料の理論設計に向けて、逆項間交差の速度定数を高精度で予測する方法が求められていました。

研究の内容

 逆項間交差は、一重項励起状態と三重項励起状態のポテンシャルエネルギー面が交わる「交差シーム」を通じて効率的に進行すると考えられています(図1)。従来は交差シームを調和振動子の近似に基づいて見積もり、逆項間交差の速度定数を評価していました。
 研究グループは、量子化学計算により交差シームにおける分子構造を求め、逆項間交差の速度定数を精度良く評価する方法を開発しました。これを20種類の既存TADF材料に適用したところ、10毎秒
(s-1)から10毎秒までに及ぶ逆項間交差速度定数の実験値を非常に良く再現できることが示されました(図2)。また、20種類全ての材料において、逆項間交差は、最低エネルギー一重項励起状態(S)と最低エネルギー三重項励起状態(T)間でなく、Sと高次三重項励起状態(T)間の交差シームを通じて効率的に進行することを理論的に導き出し、逆項間交差がTを介して起こることを示しました。さらに、開発した予測法を用いてTADF材料の新たな分子構造を設計し実際に合成したところ、非常に高い逆項間交差速度定数2.6×10毎秒を示しました(図2)。

今後の展開

 開発した方法は、さまざまなTADF材料の逆項間交差速度定数を精度良く予測できます。今後、この手法と機械学習を組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクス研究により、有機EL材料の効率的な仮想スクリーニングやデバイス性能の飛躍的な向上につながる学理の確立が期待できます。

参考図

図1 一重項励起状態と三重項励起状態の交差シームの模式図

:分子の励起状態のエネルギー、:分子を構成する原子の位置。

図2 開発した手法による既存TADF材料の逆項間交差速度定数の予測

(a)20種類の既存TADF材料の分子構造。
(b)逆項間交差速度定数の実験値-理論値プロット。赤色のプロットが既存材料を、青色のプロットが
        新たに合成した材料を示す。プロットが実線に近いほど理論が実験値を精度良く再現していることを
        表す。

用語解説

注1)有機EL
有機物からなる半導体を使った発光デバイス。OLED(Organic Light-Emitting Diode)とも呼ばれる。スマートフォンやテレビのディスプレイに使われている。

注2)逆項間交差
三重項励起状態から一重項励起状態への遷移。相対論的効果であるスピン-軌道相互作用による電子スピンの反転により起こる。有機物のスピン-軌道相互作用は非常に小さいため、三重項励起状態と一重項励起状態のエネルギーが等しくなる交差シームにおいて効率的に起こると考えられる。

注3)調和振動子
バネにつながれた物体がフックの法則に従い運動する系。そのポテンシャルエネルギーは位置の変位の二次関数で表すことができる。

注4)マーカス理論
非断熱遷移の電子移動に関する理論。ルドルフ・A・マーカス 教授が1956年に提案し、1992年にノーベル化学賞を受賞している。特徴の1つとして、ポテンシャルエネルギー面を調和振動子として仮定し、交差シームのエネルギーを解析的に求めることが挙げられる。

論文タイトル

“Kinetic Prediction of Reverse Intersystem Crossing in Organic Donor–Acceptor Molecules”
(有機ドナー・アクセプター型分子の逆項間交差の速度論的予測)
DOI:10.1038/s41467-020-17777-2

お問い合わせ先

<研究に関すること>

相澤 直矢(アイザワ ナオヤ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel:048-467-8563
E-mail:naoya.aizawa@riken.jp

<JSTの事業に関すること>

舘澤 博子(タテサワ ヒロコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:presto@jst.go.jp

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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理化学研究所 広報室 報道担当
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
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北海道大学 総務企画部 広報課 広報・渉外担当
〒060-0808 北海道札幌市北区北8条西5丁目
Tel:011-706-2610 Fax:011-706-2092
E-mail:kouhou@jimu.hokudai.ac.jp

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」
(研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究課題名:「励起状態の仮想スクリーニングによる革新的有機半導体の探索と実用」
研究者:相澤 直矢(理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員)
研究実施場所:理化学研究所 創発物性科学研究センター
研究期間:平成29年12月~令和3年3月

研究課題名:「円錐交差データベースに基づく蛍光分子自動設計法の開発」
研究者:原渕 祐(北海道大学 大学院理学研究院 化学部門・同創成研究機構化学反応創成研究拠点
        (WPI-ICReDD) 助教)
研究実施場所:北海道大学 大学院理学研究院
研究期間:平成28年12月~令和2年3月

 本研究領域では、実験科学、理論科学、計算科学、データ科学の連携、融合によって、それぞれの手法の強みを生かしつつ得られた知見を相互に活用しながら新物質・材料の設計に挑む先進的マテリアルズ・インフォマティクスの基盤構築と、それを牽引する将来の世界レベルの若手研究リーダーの輩出を目指しています。