研究

プレスリリース 安定性と迅速強化を両立する自己強化ゲル材料の開発計算情報実験の融合研究によって設計指針を提案

ポイント
・反応経路探索技術と機械学習技術を組み合わせた予測によって自己強化ゲルの構成分子を設計。
・設計に基づいて、熱や光に対する安定性と迅速な自己強化を両立する自己強化ゲル材料を実証。
・安定性と迅速強化を両立するための分子設計指針を提案。

概要
北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の江 居竜准教授、龔 剣萍教授、前田 理教授らの研究グループは、熱や光に対する高い安定性と迅速な自己強化性能を兼ね備えたゲル材料*1の作成に成功しました。本研究では、反応経路自動探索技術*2と機械学習ポテンシャル技術*3を組み合わせたシミュレーションによって、適切なメカノフォア分子*4を予測しました。さらに、それらの結果に基づき、安定性と迅速強化を両立する分子設計の指針も提案しました。

2019年、龔教授のグループはダブルネットワークハイドロゲル技術*5によって、引っ張りで強度が増す「筋肉のような」ゲル材料を開発。引っ張りでポリマー鎖が切断され、生成されるラジカル*6を活用し、材料内で新しい高分子ネットワークを形成させることで、自己強化が起こります。前田教授らは、量子化学計算*7によって反応経路を自動探索し化学反応を予測する人工力誘起反応(AFIR)法*8を開発。江准教授はこれを引っ張り力による結合の組み換え解析に展開する拡張AFIR法を提案しました。
最近龔教授のグループは、弱い化学結合を持つメカノフォア分子を使うことでラジカル生成効率が上昇し、迅速強化が起こることを示しましたが、材料の安定性に課題がありました。江准教授らは、拡張AFIR法と機械学習ポテンシャル技術を組み合わせ、引っ張りによるラジカル生成と生成したラジカル種の寿命を様々な分子に対して計算。強い結合を持ちながらも弱い引っ張りでラジカルを生成できる「ノード形状」を有する分子を発見しました。実際に、この分子を組み込んだハイドロゲル材料は、安定性と力学反応性を両立することが示されました。「ノード形状」の有無は、安定性と機械応答性を両立する新材料の設計において重要な指針となります。
本研究成果は、英国王立化学会の学術誌Chemical Scienceにて、2025710(木)にオンライン掲載されました。

本研究の手順の概要。拡張AFIR法と機械学習ポテンシャル技術を組み合わせた検討により、理解と予測に基づいて自己強化ゲル材料を開発した。

【背景】

ゲル材料は、水分を多く含んだ柔軟な高分子固体であり、生体機能を代替する人工材料としても高い注目を集めています。2019年、龔教授らのグループは、独自のダブルネットワークハイドロゲル技術を用いて、引っ張るごとに強度が増す筋肉のような機能を持つ自己強化ゲル材料を開発しました。自己強化は、引っ張りによって切断されたポリマー鎖から生じたラジカル種と、材料中にあらかじめ含まれているモノマーが反応し、新たなポリマーネットワークを形成することにより実現されます。

龔教授らは近年、弱い化学結合を持つメカノフォア分子をポリマー鎖に導入することで効率的にラジカルが生成し、迅速な強化が可能になることを見出しました。しかし、このような弱い化学結合を持つ分子は熱や光によっても容易に反応するため、材料の安定性に課題がありました。

【研究手法】
前田教授らの研究グループは、仮想的な人工力を加えて反応経路を自動探索する人工力誘起反応(AFIR)法の開発を進めてきました。江准教授は、引っ張り力が加わった際に進行する結合組み換えを解析可能にする拡張AFIR法を開発し、さらにこの手法を用いて、ポリマー鎖の切断に必要な引っ張り力を予測する技術を確立しました。ストウブ・ルーベン特任助教とヴァーネック・アレクサンドル教授のグループは、AFIR法による経路探索と量子化学計算データの取得、及び、予測モデルのトレーニングを交互に行って、量子化学計算の結果を精度よく予測する機械学習モデルを生成する機械学習ポテンシャル技術を開発しました。

本研究では、これら拡張AFIR法と機械学習ポテンシャル技術を組み合わせ、引っ張りによるラジカル生成と生成したラジカルが消費される反応経路を系統的に探索しました。このようなシミュレーションを、複数のメカノフォア分子に対して実施することで、ラジカル生成効率が高く、かつ、生成したラジカル種の寿命が長い分子の特徴を探求しました。

【研究成果】
迅速強化と光・熱安定性を両立する分子設計のために、江准教授らは拡張AFIR法と機械学習ポテンシャル技術を組み合わせたシミュレーションを実施し、様々なメカノフォア分子のラジカル生成効率と、生成されたラジカル種の寿命を詳細に評価しました。その結果、強い化学結合を持ちながらも、比較的弱い引っ張り力でラジカルを生成するメカノフォア分子の存在を見出しました。これらの分子は、引っ張り力を効率よく伝達できる「ノード形状」を有しており、弱い力でも反応が進行することが明らかになりました。つまり、ノード形状を有する分子が、自己強化ゲル材料に適したメカノフォア分子であることが示唆されました(図1)。

また、予測された「ノード形状」を持つ分子の中から、生成ラジカル種の寿命が長いと予測されたものを選び、実際にゲル材料を合成した結果、従来のアゾ化合物をメカノフォアとした材料と同等のラジカル濃度上昇が観測されました。加えて、アゾ化合物のように熱や光によって劣化しやすい材料とは対照的に、今回合成された新規材料は高い熱・光安定性を示しました。

【今後への期待】
この成果から、「ノード形状」に基づく設計指針が、今後の自己強化型ゲル材料の開発において非常に有望であると考えられます。今後、この指針に基づいた分子設計により、実用的な自己強化材料の開発が大きく進展すると期待できます。また、本研究により、量子化学計算と機械学習ポテンシャル技術を組み合わせた反応経路自動探索が実用的な材料設計に活用できる可能性が示されました。今後、同様のアプローチにより、材料設計が加速されることが期待されます。

【謝辞】

本研究は、「JST ERATO」(JPMJER1903)、「JST CREST」(JPMJCR19R1)、「JSPS科研費」(JP22H04968、JP22K21342)、「文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の支援のもとで行われました。

論文情報

論文名 “Node” Facilitated Thermostable Mechanophores for Rapid Self-strengthening in Double Network Materials(「ノード形状」を有する熱安定メカノフォアによるダブルネットワーク材料における迅速な自己強化メカニズム)

著者名 江 居竜1、王 志健1、ストウブ・ルーベン1、原渕 祐1、ヴァーネック・アレクサンドル1,2、龔 剣萍1,3、前田 理1,4

1北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点、2ストラスブール大学化学科、3北海道大学大学院先端生命科学研究院、4北海道大学大学院理学研究院)

雑誌名 Chemical Science(英国王立化学会が発行する化学ジャーナル)

DOI 10.1039/d5sc00151j

公表日 2025年7月10日(木)(オンライン公開)

 

お問い合わせ先

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点

 准教授 江 居竜(ジアーン・ジュロン)

TEL 011-706-4661  メール jjiang.theochem@icredd.hokudai.ac.jp

URL https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja/jiang-julong

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点

 教授 龔 剣萍(グン・チェンピン)

TEL 011-706-9011  メール gong@sci.hokudai.ac.jp

URL https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja/gong-jian-ping

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点

 教授 前田 理(まえだ さとし)

TEL 011-706-4663  メール smaeda@eis.hokudai.ac.jp

URL https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja/maeda-satoshi

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-press@general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1. ノード構造の概念図。オレンジ色の矢印は、引っ張り力を示す。a)に示すノード構造を有する分子では分子内回転が抑制されるため、力が効率よく化学結合に伝わり、C-C結合の切断とラジアル生成が起こる。一方、b)の場合、分子内回転によって力が分散してしまう。この現象は、ロープにおける結び目(ノード)に力が集中する様子と類似している。

【用語解説】

*1 ゲル材料 … 水や有機溶媒を大量に含みつつ、固体のような形状を保つ柔らかい高分子材料。
*2 反応経路自動探索技術 … 化学反応の経路を、人手を介さずに計算機で網羅的に探索・予測する手法。
*3 機械学習ポテンシャル技術 … 量子化学計算によって得られるエネルギーや力のデータを学習し、分子や材料のポテンシャルエネルギー面を高速かつ高精度に予測する手法。
*4 メカノフォア分子 … 外力(引っ張りなどの機械的刺激)に応答して化学構造や性質が変化する分子。
*5 ダブルネットワークハイドロゲル技術 … 硬くて壊れやすい第1ネットワークと柔軟で伸縮性のある第2ネットワークを組み合わせることで、高強度と高靭性を両立させたゲル材料の設計手法。
*6 ラジカル … 不対電子を有している原子もしくは分子であり、反応性が非常に高い。
*7 量子化学計算 … 電子の運動を量子力学の原理に基づいて数値的に解析し、分子の安定性や分子内もしくは分子間に働く力などを予測する手法。
*8 人工力誘起反応(AFIR)法 … 仮想的な力を分子に加えて反応を促進し、可能な反応経路を自動的に探索する量子化学的手法。